【隠そうとした工夫のほうが恥ずかしかった】ロレックスマラソンは恥ずかしいのか|68回入店した本人の本音

自分のブログのSearch Consoleを見ていたら、「ロレックスマラソン 気持ち悪い」という検索語で、この1か月に12回表示されていました。そう検索した人が、少なくとも何人かはいるということです。
少し刺さりました。自分は2本買うまでに正規店へ68回入っていて、いまも3本目のデイトナを探して通っています。外から見れば、たぶんその「気持ち悪い」側の人間です。
通い始めて3日目くらいに、在庫を聞いて5分で出てくる自分が急に恥ずかしくなったことがあります。それでもやめずに通いました。ロレックスマラソンの何が恥ずかしくて、何はもう気にしていないのか。68回ぶんの記録を見返しながら、自分の線引きを書きます。
- 68回入店した自分が、何を恥ずかしいと感じていたか
- 外からの目が気にならなくなるまでにかかった期間
- 最後まで残った恥ずかしさと、それを隠そうとしてやったこと
- 気にしなくていい恥ずかしさと、気にしたほうがいい恥ずかしさの線
- 3本目のデイトナで、いまも言葉に詰まる場面

結論:恥ずかしいからやめる必要はありません。隠す工夫のほうをやめました
先に結論です。ロレックスマラソンを恥ずかしいと感じるのは、おかしなことではありません。在庫がないと言われ続けて、それでも同じ店に入っていくわけなので、平気なほうが珍しいと思います。
ただ、恥ずかしさにも種類がありました。外から見られる恥ずかしさは、わりと早く消えます。最後まで残ったのは「転売目的の人だと思われているんじゃないか」という恥ずかしさでした。
そして振り返ると、その恥ずかしさを隠すためにやった工夫のほうが、よほど恥ずかしかったです。時計を借りて着けていったこと。妻に欲しがるふりをしてもらったこと。どちらも、いま思い出すと顔が熱くなります。

並んでいる自分より、取り繕っている自分のほうが見ていられませんでした。
「恥ずかしい」「気持ち悪い」の中身は、誰の目を気にしているかで変わります
ひとことで恥ずかしいと言っても、気にしている相手が違うと中身も違います。自分の場合は、外から見られる恥ずかしさ、店の中での恥ずかしさ、自分の中の恥ずかしさの順に、だんだん重くなっていきました。
外から見られるというのは、店の前に並んでいる姿や、5分で出てくる姿のことです。「気持ち悪い」と検索する人が見ているのも、たぶんここです。
店の中での恥ずかしさは、断られる瞬間や、知らないことを聞かれて言葉に詰まる瞬間です。これは68回を過ぎたいまも、ときどきあります。
自分の中の恥ずかしさは、誰にも見られていないのに残ります。転売目的に見えていないか、店員さんに媚びていないか。帰りの電車で考えるのは、だいたいこれでした。
外からの目は、1か月くらいで気にならなくなりました
1本目のときは、都内に通勤する会社員でした。仕事が終わってから回るしかなく、68回のうち35回は18時台に入っています。帰宅する人がいちばん多い時間に、百貨店の時計売り場の前で並んでいたことになります。
通い始めのころは、お店から見たらただの冷やかしなんじゃないか、と怖くなっていました。その感覚が薄れたのは、1か月くらいたってからです。断られることに慣れた、というのがいちばん近い言い方です。
慣れた理由は単純で、並んでいる人はみんな同じことをしているからでした。列の前も後ろも、目的はたぶん同じです。その中で自分だけが恥ずかしがっているのは、少しずれている気がしてきました。
通りすがりの人が並んでいる自分をどう見ていたかは、分かりません。気持ち悪いと思った人もいたはずです。ただ、その人たちと話す機会は一度もありません。確かめようのないことを気にし続けるのは、そこでやめました。

埼玉から都内に出ていたので、空振りの日は交通費と2時間が消えます。見られ方より、そっちのほうがよほど痛かったです。
断られる回数のほうがずっと多いので、断られるのは恥ではありません

2本買うまでに入った68回のうち、買えたのは2回です。残りは在庫なしか、別のモデルの提案でした。いま探しているデイトナは、9回入ってまだ1回も出てきていません。
17時以降に入った46回では、一度も在庫が出ていません。買えた2回は、どちらも休日の昼です。こうして数字にすると、断られるのはマラソンの普通の結果で、自分の振る舞いが採点されているわけではないと分かります。
断られるたびに恥ずかしがっていたら、66回恥ずかしい思いをすることになります。それは持ちません。自分は断られるのは天気みたいなものだと思うことにしました。晴れる日は向こうが決めます。
最後まで残ったのは「転売目的に見られる」恥ずかしさでした
外からの目にも、断られることにも慣れました。それでも最後まで消えなかったのが、転売目的の人だと思われていないか、という恥ずかしさです。
機械式時計を1本も持っていない人間が、いきなりロレックスの人気モデルを買いに来るわけです。自分が店員さんの立場でも、少し身構えると思います。しかも1本目のグリーンサブは、買ったあとの買取価格が定価より100万円ほど高くなっていました。資産価値をまったく考えていなかったと言えば、嘘になります。
欲しい気持ちは本物です。でも、お金のことも頭にありました。図星に近いところがあったから、余計に気になっていたんだと思います。

「お金目当てでしょう」と言われたら、半分くらいは否定できません。だから先回りして隠そうとしていました。
隠すために、時計を借りて着けていきました
1本目のマラソン中は、カリトケという時計レンタルサービスで機械式時計を借りて、毎回着けていきました。いちばん安いランクのハミルトンで、キャンペーンを使って月2,000円ほどです。文字盤の一部から中の機械が見えるモデルでした。
狙いは、時計が好きな人に見えることでした。転売目的の人と区別してもらいたかったんです。見た目で信用を買おうとしていたわけで、いま書いていても少し恥ずかしいです。
効果があったかは分かりません。時計の話を振ってくれた店員さんは何人かいましたが、それで在庫が出たことはありませんでした。
妻に「欲しがるふり」をしてもらった日もあります
妻と一緒に回った日は、妻がデイトジャストのロレゾールを欲しがっているふりをする、という作戦を立てていました。出てきても買いません。ある店では着席させてもらい、文字盤違いならありますという提案までしてもらっています。
その場では手応えを感じて喜んでいました。あとになって、買う気のない在庫確認を1回させたことに気づきます。並んでいる恥ずかしさより、こちらのほうがずっと長く残りました。
2本目のときは、こうした作戦を一切使っていません。行った店は2つで、入店7回で買えています。取り繕わなくても、結果は悪くなりませんでした。お店への迷惑という目線では、ロレックスマラソンは店に迷惑なのかで同じ日のことを書いています。

「媚びている」と思われるのが恥ずかしい、という気持ちについて
店員さんに愛想よくするのが、媚びているみたいで嫌だという気持ちも分かります。自分も最初は、モデル名だけ伝えて、無ければすぐ帰るという通い方をしていました。
途中から、モデル名より先に欲しい理由を話すようにしました。前回教えてもらったことへの感想を一言はさんでから、在庫を聞いた日もあります。これを媚びと呼ぶ人もいると思います。
自分の線は、本当のことを話しているかどうかです。欲しい理由が本当なら、それは会話です。理由を作り話にしたら、媚びだと思っています。妻との作戦は、この線の外側でした。

愛想よくするのは恥ずかしくありません。嘘をつくと、あとで自分が恥ずかしくなります。
実際にどんな話をしていたかは、ロレックスマラソンで店員と何を話すかにまとめています。
3本目のデイトナでも、言葉に詰まる場面はあります
2026年の9月から、デイトナの白を探して通っています。2本買ったので慣れたつもりでしたが、店の中での恥ずかしさは今もあります。
大丸東京では、10組待ちの列に並んで、40分たってから入店しました。デイトナは無く、デイトジャストやスカイドゥエラーはどうですかと提案されています。スカイドゥエラーを知らなかったので、「クラシックですか」と聞き返しました。2本持っていても、知らないモデルは知りません。
銀座本店では、1908を出してもらったあと、ほかのモデルも試着するか聞かれました。遠慮しながら、エクスプローラーI、GMTマスターII、エクスプローラーII、ヨットマスターIIの4本を試着しています。買う予定のないモデルを次々に着けるのは、少し気が引けました。
希望はデイトナと、GMTマスターIIのジュビリーブレスです。記録の最初に、自分で「転売ヤーセットで困っちゃいますね」とメモしています。人気のモデルばかり並ぶと、それだけで転売目的に見える気がするんです。ここは2本目のころから何も変わっていません。

知らないものは知らないと言うほうが、知ったかぶりよりずっと楽でした。
スカイドゥエラーを聞き返したときは、恥ずかしかったです。ただ、聞き返したおかげで「スポーツモデルがいいです」と言えました。頷いて流していたら、欲しくもないモデルの話が続いていたと思います。この日のことはロレックス大丸東京のレビューに、入店ごとの記録は2026年10月のロレックスマラソンの記録に残しています。
ブログに全部書いていることは、恥ずかしくないのか
自分はマラソンの戦績を、日付も店も時刻もこのブログに載せています。何回断られたか、何を聞き返せなかったか。恥ずかしい記録ばかりです。
それでも書いているのは、恥ずかしさより役に立ったことのほうが多かったからです。68回の時刻を並べ直せたのも、聞き返せなかった「検品中」の一言を覚えていられたのも、書いていたからでした。
一方で、店名を出して悪く書いた昔の記事は、いま読むと恥ずかしいです。店員さんの機嫌が悪かった日を、店の評価として書いてしまった箇所があります。都合の悪いところだけ消すのも違う気がして、そのままにしています。
恥ずかしさが「しんどさ」に変わったら、やめどきだと思います
恥ずかしいと思いながら通うこと自体は、悪いことではありません。ただ、恥ずかしさがしんどさに変わる瞬間はあります。
自分の目安は、取り繕わないと店に入れなくなったときです。借りた時計がないと不安になって、作戦を立てないと話せなくなる、という状態です。そこまで来たら、少なくとも今の通い方が自分に合っていません。
あほらしいと思ってやめるのは、健全な判断だと思います。並行店で買っても、中古で買っても、買わないと決めても、恥ずかしいことは何もありません。自分がやめずに正規店で買った理由は、ロレックスマラソンはあほらしいのかに書きました。
服装で見られ方が変わるかどうかは、正規店は服装で態度が変わるのかで別に書いています。
まとめ
ロレックスマラソンは、恥ずかしいです。68回入った自分がそう思うので、そこは否定しません。ただ、その恥ずかしさはやめる理由にはなりませんでした。外からの目は1か月で薄れて、断られることにも慣れました。
最後まで残ったのは、転売目的に見られたくないという気持ちです。それを隠そうとして時計を借り、妻に芝居をしてもらいました。恥ずかしかったのは、並んでいる姿よりそちらのほうです。
これから通う人に1つだけ言うなら、恥ずかしさを隠す工夫はしなくていいと思います。持っていないなら持っていない、知らないなら知らないと言えば足ります。3本目のデイトナも、そのやり方で探しています。何回くらい通う覚悟がいるかは、ロレックスマラソンは何回通えば買えるのかに数字でまとめました。









